経済・政治・国際

2012.05.06

つぶやきagain

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いろいろなところで報道されているが
昨晩11時に廃炉を含む54基の原発すべてが停まった。
そしてあれから13ヶ月が経過。
「あれ」とはもちろんゲンパツ爆発事件のこと。

この一年間、ツイッターではいろいろつぶやいて来た。
つぶやくというと何かうつむき加減に一点見つめしながら
ごにょごにょ言っているような風情だが
(本当の訳はtweet=さえずりだが)
僕の場合はシャウト。叫びに近い。
そこでこの一年のつぶやきをいくつかぼじくり返してみた。


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始めた当初は、出している本の読者の方々や
仕事仲間に笑ってもらえたら、なんて動機。
ただ、定石というものが嫌いなアタクシ
外来のまま直訳した「○○に居るなう」なんてえのに
習うのもしゃら臭いしと間もなく五七五調でやることに。



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■これからは 五七五で つぶやくか

■実家から たらふく食って 今帰宅

■米軍の ハウスの朝は ほぼ外だ

■庭池の 氷が 昼間も張ったまま

■ヒーターを 点けると 室温5℃表示

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なんかサラリーマン川柳みたいだな。   
冬の平屋生活の寒さなんかを謳っている内はよかったが
だんだん物足りなくなって五七五七七へと方針転換。
そしてついにあの日が…

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■ご共感 抱いて頂き 嬉しいです 特に創刊号のコラムは

■ゲンパツは あれだけ危険と 言ったのに 忘れて僕ら ラクを選んだ

■無責任 役人さんと 電気屋の サラリーマンに 預けた命

■この事態 57577での 呟きは ちょっと休みに しようと思う

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3月15日以降からは五七五七七調なんて悠長なことを
やってる場合ではない、伝えることが優先。
制約を解除して文字制限数いっぱいにつぶやくようになって
今日に至る。最初は半分以上「中腰&片手間」でやっていた
Twitterが、震災以降はオンタイムに情報や感情を共有し
あったりする上で大きな役割を担えることを実感してゆく。

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■ そう、まだ序章。今まで手を摺り合わせていた
マスコミが表立って東電叩きを始めたため無党派市民が安心、
その分ゲンパツ自体の現状に眼が向けられなくなって来た
感がある。が、事態は至って深刻。このカタストロフは
長丁場になることを覚悟しなくてはならない。
それだけ面倒なモノを作らせてしまったのだ。


■NHKがやらないならありがとウサギなんてやってないで
 ACが原発の今のギリギリの状況をみんなに知らせるべき。
 現場と国民に温度差があり過ぎる。

■「原発事故」という呼び方をしているが、
あれは組織ぐるみの過失犯罪であって「事件」だ。
  今後は「福島原発事件」と言い換えをしていきたい。

■「監視員さん!人がプールの中でガンガンおしっこしてるぞ!」
 「あ、拡散して薄まるから大丈夫。たくさん飲まなきゃ直ちに
  人体に影響はありません。ていうか汗も同じ成分でしょ。
  なに細かいこと気にしてんの。ただ、乳幼児は入れないでください」

■ いよいよ、というよりすでに首都圏は危ない〜
という意見を随分と目に耳にするようになった。
みんなどう捉えて住んでいるんだろう?
楽観か諦めか、それとも本当に大丈夫なのか?

■ 全然進展のない処理作業。旧ソ連の科学者が
  「放射能被害の過小評価」を懸念。
  7世代を蝕む…「七代先まで呪ってやる〜〜」現代の怪談だな。


■ 正力松太郎は1950年代に原発政策のプロパガンダとして
「ついに太陽をとらえた」というタイトルの原子力記事を
  読売新聞に連載させた。何をちばけたことを。本物を使おうと
  せず出来損ないのニセモノを作って「とらえた」とおごる感覚、
  それこそサルだ。


■11日新宿の反原発デモ参加。感想は「とっ散らかり過ぎ」。
 主催者&政治家が車上で演説している時に反対側では
 ドンチャカドンチャカ民族衣装で踊ってるし横っちょでは
 別の団体が小さなブース作ってアジってるし。
しっかりプログラムを作って内容を一本化しろ。
こういう大勢での表意がホントヘタクソ我が国民。


■ そうそう、20年前もこんな感じでみんな
 「忘れよう」スイッチが 作動して行ったね。
  俺のスイッチも。1機だって大ゴトなのに
ほぼ全機が炉心溶融だと。
この人類史上初のカタストロフはまだ始まったばかり、
悲劇のクライマックスはまだこれからだ。


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少し時間が経つとTVでは原発を糾弾するような内容の
ドキュメンタリーや視聴者参加番組などが少しずつ
放映されるようになり、原発爆発についての解明も
少しずつなされ始める。また原発に対してキッチリ
「NO」という著名人・芸能人も露出し始める。

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■ 今日まで散々ファンに支えて貰って来た音楽で食う連中は、
 今こそが恩返しの時なんだ。がんばれ〜なんてこっちに歌うのは
 とんだ見当違いも甚だしい。浅ましいしがらみを断って
 頑張るのはキミらだろ?斉藤和義氏はデビュー時から聴いて
 いたので耳に狂いはなかったな、と。


■傾いていた旅館がゲンパツ作業員の宿となり潤っているそうだが、
中にパチスロ機があったりキャバクラができたりしていることに
ついて人間臭いドラマが云々と説くバカ作家がいた。
何をノンキなことをヌカしているのだ。国家絡みの企業の大犯罪に
人が大勢殺されているんだぞバカ者め。論点をぶらすな。


■ 今、爆笑問題の番組で原発の話を。
欧州は原発を動かす是非を国民投票でやって来たそうだ。
日本は「なんとしても動かしたい」連中が国民に黙って強引に始めた。
今後はこういう暴挙をつぶさに監視していかなくてはならない。
疲れる世の中だ。

■ 今やっているドキュメンタリーで具体的なエネルギーコストの話を
討論している。なぜ市民はこんなに冷静でいい判断力を持っているのに、
政治家は即物的で利己的で先見の明のない浅はかな連中ばかりなんだろうか?


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年が改まると電力屋たちは停まっている原発を早く
再稼動させるべく、書いたシナリオの実演を始める。
耳障りのいいコトバを編み出しては問題の本質を
反らせようといくつも世間に放り込みプロパガンダに注力。
むしろ「原子力村」連中への不信感が募る一方。


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■ 去年の今頃はよく耳にした「不謹慎」。これだけの市民や
農家漁師を苦しめておいて1年経ったらケロリと再稼動
させようとしている連中が一番不謹慎じゃないか?
  耳障りのいいことばかり言っているが、結局彼らの
苦しみなどまったくわかっちゃいないということだ。

■ 昨年から盛んに言われる『絆』。
どうも問題の核心を反らす道具に使われているようで
気が乗らない。『がんばろう○○』も然り。なぜみんなが
こんなに 頑張らされるハメにあっているかといえば
“原子力村”連中のせいじゃないか。
「さ、イヤなことは忘れて次へ行こう」ったってそうはいかんぞ。


■「絆」がさもガレキの受け入れや東北産食材を
食べることのように言われているが、都合のいい
すり替えだ。故郷からの避難を「勇気ある決断」
とたたえ、彼らが早く避難地に馴染むようサポート
することがこの語の本意だろう。人々の良心を巧みに
使ったやり口には「無反省」しか見えず、不信感が更につのる。

■「ゲンパツはみんなの責任」今となっては確かに
そうなってしまったが、爆発前まではそうではなかったはず。  
  全国民の同意なく勝手に、そして姑息な手を使い
力づくで 54基も作ったという歴史を連中は省いている。
 その経緯があるから僕らは激怒しているのだ。
決して「みんなの責任」などではない。


■ 原発は一旦誘致してしまうと引き返せないようになっている。
交付金漬けにして町村から仕事を奪い去り逆らえないようにする。
仕事がない町村は交付金欲しさに次々原発を誘致する悪循環。
交付金は覚せい剤と一緒、基本ヤクザと同じやり方だ。


■ 世界を「原発」というキーワードでディバイドすると、
  推進、反対、ノンポリの3者に分かれ、
  最前者に富む者が集中している割合が大きい。
経済ヒエラルキの上層部にいるから何でもできるんだろう。


■ 30年前のドキュメンタリー番組でも
今と全く同じ討論をしている原発反対派と推進派。
結局のところ原子力村連中の脳内は
¥マーク一色なのだから生命の話をしてもムダなんだな。
いったいナゼそんなにカネが必要なんだねキミらの生活は??
という議論に切り替えた方が良さそうだ。

■結局メルトダウンを防ぐチャンスは何回かあったのだ。
 ドキュメンタリーを観ていたらまた腹が立って来た。

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この原発の問題を考えているとどうしても硬直化した
社会のゆがみと向き合うことになる。
政財官の癒着構造や、地方の過疎、人々の無関心…。
そして、どうやら自分を含む大多数の人々が何らかの形で
この大事件に関与しているということが判って来る。


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■山間や田園に「小さな東京」を作ろうとし、あるいは
中央から利権というパイプを引こうとする連中。結局は郷里の
風景を薄汚いハコモノ建物と看板で埋め農を壊し、自分は
せしめた金をダサイ豪邸の中に隠して庭でゴルフクラブを振る。


■「明日も明後日もできればこのままであって欲しい」と
願う者が組織の中枢にいるから企業社会の日本では変わろうと
することを妨害し、変えようとする者を排除するのだろう。
彼らを管理職からもう一度現場最前線に戻し目覚めさせることだ。


■ 本来のエリートとは特権を与えられる代わりに有事には
進んで国のために命を捧げるというのが真の姿。
しかし日本のエリートは自らは危険に身をさらさず
特権だけを享受しようとする"似非エリート"ばかり。


■ 国民の声に耳を傾け…なんて言っているがまったくの大ウソ。
  結局は政財官が結託して勝手に都合よく物事を決めている。
  相変わらずこちらには重税がのしかかり、金持ちにしか
反映されない「経済成長」とやらに命を張らされ、
連中の温かな生活を保障してやっている。

■ 御上の号令が薄らぐと我が国民は「安心して考えるのをやめる」
性癖がついている。要するに感覚は飼い犬。綱が緩むと寝る。
こんなにすぐにみんなが深刻に考えなくなってしまうとは思わなかった。
 22年前のことがまた思い出される。反省すべきは我々の中にある。


■ 人は組織化すると善悪の境が曖昧になり、成長のためには
犯罪、殺人もやむなしの解釈を持つようになる。
会社、政党、宗教…何だかガン細胞と人体の関係に似ている。

■先日読んだ矢沢永吉の『アー・ユー・ハッピー?』
 にも制作者の戦いが書かれていた。
本来、モノを作る人とそれを購入する人が居れば
完結する。中間は要らない。両者の間でネクタイ締めて
 ふんぞり返っている連中が諸悪の根源。
会社員時代にそう思った。

■ もし子供が「お金を稼ぎたい」と言い出したら
大人は「なぜ?いくら?」と訊くだろう。
そして大方は「ダメ」とジャッジするだろう。
しかし社会では誰もそれをたしなめたりはしない。
  組織においては底なしにお金を稼ぐ事を尊重さえする。
それを「成長」と呼ぶからだ。そしてそれが永久に続くと信じている。


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どうヒイキ目に見ても再稼動の時期は尚早もいい所なのに
政府は再稼動に判子を押すと言い出した。経産省や経団連
といった「村」からのバイアスが強くかかったのだろう。
そんな中でテレビ朝日の報道番組メインキャスターが
生放送エンディングでした発言が注目された。

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■ ゲンパツを早く動かせといっている連中の大半は、
一時勝ち組だ負け組だと騒いでいた連中に重なる。
 廃棄熱でナマ温くなった大都市圏にあるビルの上層階に
ステイタスを感じ、株価の高下と高価な外車と
美食にしか心が動かない昆虫。


■ この期に及んでも「再稼動」というバカどもに質問。
今度ぶっ壊れて漏らしたら補償も含めどうするつもりだ?
もうこれ以上貸すカネなんて無いぜこの国には。
「今後想定外はもうない」と言ったのだからキッチリ答えろ。


■ 浜岡原発が壁の高さを18mにしているようだが、
近々M8が来ると予測される東南海地震は最高で
21mの津波が襲うと算出された。そもそも波が
「乗り越える」という前提で策を講じているが、
1mでも数トンの衝撃力があるといわれている津波に
壁が持たない、 いや原子炉施設自体が持たないだろう。


■テレ朝「報道ステーション」のメインキャスター古館伊知郎、
 昨年末スペシャル番組で原発報道に圧力がかかったことを
 先ほど番組のラストで明言。たとえ下ろされようとも今後は
 本当のことを言い淀まず報道する宣言も同時に。それが
 被災地への敬意だと。見直した。とても見直した。

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こうして見ると自費出版本のために始めたツイッターは
完全にゲンパツへの問題提議の現場になっていた。
最後にそれ以外のつぶやきをいくつか…

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■ 本当は今春あたり埋め戻そうと思っていた庭池。
が、見合わせることにした。
今時分はオタマジャクシも水棲昆虫もいる。鳥も休みに来る。
ヒューマニズムを言うのはイヤだが、震災にそんなことが重なり
生命が湧く場所を壊すことが何だかとてもイヤになったのだ。


■梅が丘洋服の並木の店主/並木祐三氏が心不全のため
今月12日に急逝した。新入社員当時、並木で誂えた
シャープなグレーの2トーンスーツで出社した際
「そんな細いのどこで買ったんだ?」と訊かれ
「洋服の並木です」と胸を張って答えたことを思い出す。
おやじさん長い間お疲れさまでした〜


■ 松本人志監督第三作目『さや侍』今週土曜日から公開。
 賛否両論だが、どこを切っても商品然とした映画を
 求めなければこの人の作品は楽しめる。
 前二作とも劇場で鑑賞した。 職業監督が描けないような
シーンとアイデアが必ず潜んでいる。


■mods maydayの川崎からそのまま
 羽田→福岡で講演→佐世保→福岡→東京の
 短期間ハードスケジュールだったけど、
 現地の皆さんの手厚い歓待と心遣いのおかげで
 心地よい疲労感の朝。食事もおいしく景色も良し
 物価も低く人も穏やか、やっぱり地方の生活っていいなあ〜

■昨夜『さや侍』劇場鑑賞。残念ながら彼の作品中では
 一番退屈な一本だった。 ぱっくり賛否両論なのは知っていたが、
 まさか自分が「否」に入るとは。うーん…結婚して人の親になり
 鈍したということか、それとも年齢か。どちらにせよ寂しいなあ…

■ いつの世も世相を変えて来たのは若い人達でした。
でも、若い人々に寄っかかり過ぎてはいけない。
壮年世代もアクションをおこすこと。もしできないならば
せめて若い人の行動を抑制しないこと。


■「神のみぞ知る」と「蟹の味噌汁」は似てる。


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2011.04.17

23年前の僕へ


1986年にソ連のチェルノブイリ原子力発電所が
爆発事故を起こし、東欧州の広範囲を汚染した。
それに準じるように日本でもにわかに「反原発」の
気運が高まったことがあった。


それまでにも原発の危険性を訴えていた人はいたが
極一握りの識者やナチュラリスト、左翼的思想家ら
「特殊な職業」の人たちに限るという印象があり、
世論がそれに大きく追随するようなことはなかった。


通う大学の構内や、通学駅などで配られたビラで見た
「反原発」の文字は、どこかの別世界の事柄で
今すぐ自分たちの身に降り掛かり得る恐ろしい事実を
まだR&Rやファッションやイタリア製スクーターの方が
最優先事項だった僕に突きつけるリアリティに欠けていた。


そんな空気の中でのチェルノブイリ原発事故は
寝入りにアタマをハンマーで殴られるような
強烈な衝撃で迫り、急遽僕らに「被曝死」という
現実が今そこにあるという恐怖を突きつけた。

急にその恐ろしさを歌い出した
ミュージシャンやバンドが
何より僕らの危機感に拍車をかけた。

それまで、自分とは縁遠いオトナたちだけが騒ぐ
ポリティクかつアカデミックな抗議だと思っていたのに、
それは大きな勘違いだぞと少し年上の友人に
諭されたような、そんな感じだった。

いったい放射性物質とは何なのかとか
日本にこんな施設がいくつあるかとか
どんどん関係書を読み進めるにつけ
既に廃絶機運の高まっていた
英国のミュージシャンたちの歌や
活動の意味もどんどん理解できるようになった。

「なるほど、そういうことだったからか…」


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当時個人的に親交のあったザ・ブルーハーツが
『チェルノブイリ』という曲をリリース。
タイトル通り反原発的な内容から、
彼らの所属レーベルの親会社が原発製作に拘っていたため
発売許可が下りず、自主制作でのリリースになった。

このことが僕の反骨精神の導火線に火をつけた。
遠隔地で戦う原発廃絶パルチザンの一員になったような
気分でしばらくを過ごすことになる。


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当時、仕事の配属で岡山県に滞在していた僕は、
四国の伊方原発とその反対運動の存在を知る。
仕事外で知り合った知人たち有志がみんな手弁当で集まり、
冊子やパンフレットを作って配ったりして、とても一生懸命
訴えていた。特に小さな子供の居る人たちは真剣だった。

しかし翌年の春、伊方原発は何事もなかったかのように始動した。
そのニュースをTVで見た時に、全く歯が立たなかったという
結果に呆然とし、両膝を床に付いて「死ぬ日は決まったな」と
絶望的になったことを憶えている。


あの時に感じたリアルな恐怖を今回久しぶりに味わった。


当時、何とかしなくては大変なことになると
声を上げていた人々は、 一生懸命に
訴えれば訴えるほど「エキセントリックな人たち」
という 目で見られていたのも事実で、
僕自身も「心配し過ぎ」「あまり思い詰めるな」
とよくなだめ透かされたものだ。


知れば知るほど、生物すべての未来を
根こそぎ持って行くとんでもない化け物…
知っている人は解っているものの、
全国民の意識を変えるには
チェルノブイリもまだ遠かった。

そして運悪く折しものバブル景気到来に重なり
高まる過消費ムードの中、大多数の人々には伝わり切れず
日本人得意の「楽観論」が勝って次第に反対の空気も消沈、
90年代を迎える頃には忘れられてしまった…


しかし、忘れなかったのは当のゲンパツ自身。
彼の出した請求書が時を経て莫大な利息を伴い
今、手元に届いているわけだ。


     **********


斯くいう僕も、その都合良く「忘れた」一員である。
直下型が一揺れでも来たらドカンと壊れてあっという間に
広範囲の生物を殺傷できる放射能マシーンが、
自分の生活圏のすぐ横に置いてあることを常に念頭に
おきながら暮らすことなど、あまりに重たくて続かなかった。

平和な日常が普遍的なものであって欲しいという
願望がつくり出す「正常化バイアス」が
僕にも努めて忘れることを促したのである。

      **********


今回の東日本大震災における
津波→原発損壊→放射性物質漏洩→広範囲汚染
のシナリオは、既に当時に描かれていたものだ。
そのシナリオは誰もが一度は眼を通し、憶えていたにも拘らず
上演が未定だったため、そしてあまりにヘヴィだったため
忘れてしまった、忘れる努力をしてしまったのである。

でもそれが20数年経った現在、急遽上演され出した。
しかも、シナリオに忠実に。
もし時間をさかのぼって当時の僕に会えるならこう言いたい。

「このシナリオはな、必ず演じられる日が来る。
 忘れずサボらずしっかりとやっておけ。悔いることになるぞ」

おそらく、当時の僕と同じような経験をし、
今、慚愧(ざんき)に耐えられずにいる
同世代は随分たくさん居るのではないだろうか。


当時すでに成人を迎え、沢山のことを学んでいた
にもかかわらず、日々仕事や煩雑なあれこれにかまけて
煩わしくも最も「大事」なこと後回しにして来たことに
今、強く自責の念を感じている。

たかだか僕らが抗議を貫徹したところで
どうにかなった問題ではなかっただろうが、
あの時キッチリやったか・やらなかったかは
心の問題として大きな悔恨を残し、
今回の原発事故と合わさって
僕に強烈なダメージを与えた。

共存はもうあり得ない、
ということはもうツメの先まで証明された。
今度こそきっちりやらないといけない。

辛いし面倒くさいだろう。その上長丁場にもなるだろう。
が、今度こそ「廃絶」の手続きをしなくてはならない。
今度はコツコツと、粛々とやる。
できるできないに拘らず、今度は敢行しきれそうな気がしている。
23年前の自分へのリベンジでもあるのだ。

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