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March 2021

2021.03.31

この10年で

 

震災から10年目の3月が終わろうとしている。

3年半ぶりの更新がこの内容であることには
本当にやるせないのだけれど
毎年3月が終わるとあっという間に
報道量が減ってしまうことには強い懸念を覚える。
それは僕だけではないと思いたい。

 

先日ドキュメンタリー番組で福島第一原発の廃炉作業が
この10年でどこまで進展したかをやっていた。
結論から言えば、状況は依然として絶望的。

相当困難であるだろうことはもう当時から言われていたが、
それでも予想を上回る遅延具合に改めて愕然とした。

メルトスルーした3棟の建屋には、それぞれ核燃料が溶けて
周辺の設備を巻き込み固まったデブリと呼ばれる固体が溜まっている。

その取り出しが福一の廃炉作業の主眼だ。
これを取り出せねば建屋内部の本丸には近づけない。
近づけないから取り出さねばならないのだが
放射性物質が強過ぎて近寄れない…という
まるでマンガのようなジレンマがあそこには
真顔で横たわっている。

デブリは推定で880トン。
この10年で取り出せたのはたったの0.02gだという。
もう一度言おう。状況は依然として絶望的だ。

 

ではいったい何が進展しただろう。
ひとつ顕著なことが思い浮かぶ。それは
ものを言うことが以前より難しくなったということだ。

これは進展というより後退というべきだろう。
恣意的なスティグマ貼りが極端化してきた
ということでもあるようにも思える。

もちろん平成以前は無整理・無頓着にものが
言われ過ぎたきらいがあったということは解っている。

しかしそれはその分なにかの力に臆することなく
大多数の人が意見をいえて、どんなセンテンスも
「人の考え」として捉え、なんらタブー視しない
空気が「通常」としてあったということでもあった。

これはなにか意見を言えばひどい目にあった大戦下から
人々が学んで構築した空気だったはずだ。

ここ10年でモラハラやパワハラという言葉が社会に定着し、
差別や言葉による暴力に対して非常に敏感になった。
このこと自体は弱者や被害者の救済につながる良いことだ。

だが一方で、そうとも言えないことにまでそれを適用させ
自分あるいは会社にとって不都合な相手の排除や
社会の空気をコントロールすることに利用するといった
「方便」化するケースも増えてきたのではないか。


最近は、各地の原発を再稼動させようとしている空気が
いろいろな角度から感じ取れるようになってきた。
また原発の必要性についての議論を
しにくくさせようとしている雰囲気も
五輪の決定以降じわじわと復旧してきた感がある。

原発事故の追求は「被災地への侮蔑だ」「風評被害を煽る」といい
稼動の可否の議論をタブーにさせる動かしたい人々の思惑というものが
うまく先述のロジックを利用していたりしているのを感じる。

 

10年経っても未だに触ることがやっとのデブリが
途方もない量残っている。当然その処理方法も
決まっていない。汚染した冷却水も同じく。
何も解決していないのになぜ動かすことができようか。

 

「風評」とは根も葉もない噂話のこと。
これは「風評」でもなんでもない、「事実」だ。

10年目の3月が終わろうとも
臆さずに語り続けねばならない義務が僕たちにはある。
そしてこれは当分続く。




 

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