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2014.10.31

仕事の向こう側にあるもの

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(前回のつづき)

その『LAUNCH A ROCKET』が先日火災で焼失した。Facebookでそれを知った瞬間脳内が真っ白になり、今年はいったいどうなってるんだろうと再びイヤな気持ちに襲われた。出火元は店外だったらしく、Fさんは友人と共に店内にいたため大切なモノだけはギリギリ搬出できたそうだが、在庫商品など多くは失われた様子。何より30年近く苦楽を共にした店舗を失ったことは想像すら難しい。そこまで使い続けた仕事場を失うというのは一体どういう気持ちなのだろうかと思い巡らすも、僕が知っているのはその中のほんの2~3年に過ぎず、自分のこととしてうまく置き換えることができない。


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即座に連絡をとも思ったが、そんな“ 確認電話 ”は恐らくウンザリするほどかかって来ているに違いないと思い、Facebookでの静観に留めた。この後、決して礼賛するわけではないがFBの持つ素晴らしい側面を垣間見る。先ず現場の検証に始まり、焼け跡の片付け、焼け残ったモノのサルベージ、そして徐々に店が立ち直って行く様が写真でレポートされ始めたのである。オンタイムで多数の人々との相互発信が図れるSNSは「今日の昼メシ◯◯食った」よりも本来はこうした時にこそ用られるべきで、こちらの過剰な心配の鎮静に大いに役に立ってくれた。

追っかけ見ていると発見した素晴らしいことがもうひとつ、それは「人」の動き。友人は元より常連客や仕事仲間などもいただろう、大勢の人が救出したレコードを乾かしたり、デニム生地を洗浄したりしている。彼と店を慕って来たと思しき人々が両者をアテンドしている様子がレポートされていた。

このとき初めて自分に置き換えることができた。もし僕ひとりだったらどうだろう。焼け跡に単独で対峙しなくてはならないなんて、キビシい。物理的なことも去ることながら精神的に大きくへこむに違いない。そんなときは多くの仲間が本当にありがたく感じるだろう。何もしなくてもいい、いてくれるだけいいと思うだろう。そして自分が今までして来たことを初めてここで振り返ることになるに違いない。

こんなに大勢の人がこの店の復旧に駆けつけているのは、Fさんがこれまでして来たこと、そして人柄による結果の何ものでもないはずだ。思い起こせば、知り合った当時から彼はいつも「楽しそう」な経営者だった。苦しいこともあっただろうが、それを微塵も見せず常に「楽し気」に店に立っていた。嫌々サラリーマンをしていた僕が倉敷に行けば必ず彼の店に寄ったのは、そういう“気”のお裾分けを貰いに行っていたように思う。写真の中で黙々と復旧作業をしていた人々も、恐らく僕と同じくその“気”を貰っていたに違いない。


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ひとりでも快適に暮らせるようなツールや設備が巷に溢れ、それらに埋没して日々を送るような昨今、僕たちはつい自分だけで生きているかのような錯覚に陥りがちだ。が、やはりそうではない。何かあった時に手を貸し心のバックアップをしてくれるのはやはり「人」そのものなのである。ああ〜よくTVでやってるアレねという声が聞こえて来そうだが、これは政府がメディアを使いまくって推奨している例の“漢字一文字”とはまったく別。

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僕は最近仕事の向こう側にある“何か”をよく考えるようになった。たとえば音楽や映画、演芸、演劇など工業製品とは違って実際に手で触れられないようなものを僕らは「ソフト」と呼んでおしまいにしているが、あれになぜ人は気持ちを奪われ時間を費やし大きな対価を支払うのか、という事由をはっきりさせられずにいる。人生を捧げてしまう人だっているというのに、誰もそこに言及できない。

もしかするとそれこそが“何か”で、自動車や宝石や時計や家電製品やマイホームよりも役に立つものであり、そこが欠落すれば生きてゆけないのではないかとさえ思うのだ。それが仕事の向こう側にはちょこんとあり、いつも燦然と輝いて人を魅了し、生きる活力を補給しているのではないだろうか。そしてそれはどんな仕事にも存在し得る。ただし、「楽しく働いた結果」にのみ。


お金が何でも解決してくれると信じ込んでいる僕たちは、それを断たれた厳しい状況に陥ることでもない限り、なかなかそれについて真剣に考えようとしない。今夏不幸が訪れてしまった友人たちも、この機会にこの“何か”について熟考してもらえれたらと思う。奇しくも彼らに起こった出来事が僕にも考える貴重な機会をくれたという複雑な思いのする夏だったが、仕事の向こう側にある“何か”について晩秋になった今日も考えている。


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僕のイラストをFさんが拡大トレースしたバナー。一部焼失したが丁寧に補修され蘇生した。サスガFさん。燃え落ちて尚、彼の闘志をマイルドに象徴していると描き手は勝手に思う。


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