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August 2012

2012.08.28

肉筆のススメ


*

定期的にイラストを提供している某月刊誌出版社の名物社長が
対談記事の最後に肉筆で書いた一語を載せていたのを見た。
率直に「わ、ヘタクソ !! 」と思ってしまった。
論客&武闘派編集者として名を馳せている御仁だが、
書く文字はなんというかもう中学生並み。
いや、小学生…(失礼)

ゲスト相手にスルドく持論を熱弁していた氏だったが、
60代の大先輩に申し上げるのも僭越ながらシメでドン引き。
もちろん達筆でなくても「味のある字」というのもあるのだが、
あれはちょっとその枠にも入れてあげられないレベルだった。
企画としては完全に逆効果、そこで別のオチがついた感アリ。


会社員時代に「このトシで書く字がひどいと人格を
疑われるんだよな…」と盛んに嘆く上司がいたことを思い出した。まぁ人格とまではいわないまでも、なんというのか、
この人って本質は幼稚で浅いんじゃないの???
という猜疑心が自然と頭をもたげて来てしまうのですね。
その人を「尊敬」でもしていた日にはもう、その二文字が
顔写真とともにガラガラと音を立てて崩れて落ちてしまう。

なでしこジャパンの監督がインタビューで、日々気をつけている
ことに「朝キチンと鼻毛を切る」といっていたが、まさにそこ。
大勢の人間を引っ張る社会的地位の高い人間がそんな字を書く
というのは、ヘタをすると統率力にも拘って来る。
人の上に立つ人間は特に自分の素が見える部分には
細心の注意を払うべきだろう。

絵の場合、ウマいヘタは「才能の有無」で大目に見て
もらえるが文字はそうもいかない。老若男女がそれなりに
書けるものであり、いわば無差別級試合。
絵のようなテクニックとの拘わりも低い。
何よりその人の本質が如実に出て、即座にどんな「人」
かが判別できてしまう。日常の印象が一気に地に落ちる
ことだってあり得る。書く文字には結構なイメージへの
破壊力があるのだ。
上司が言いたかったのはそういうことだろうと思う。


Photo

しかし彼だけではない。
最近の日本人は総じて字がヘタクソではなかろうか。
著名人や有識者がTV番組でポンと出したボードの
文字にでさえ、あんぐりとクチが開いてしまうときがある。
ヘタというよりももう幼児の絵のような体だったりする。

逆に、TVの鑑定番組を見ているとしばしば目にする昔の作家や
政治家らが知人に宛てた書簡なんかは、ほとんどが上手い。
しかも20〜30代の時に書かれたものだったりする。
たかだか百年くらいの経年で、この落差は何なんだと思う。

実は、文字は「書く」というより「描く」なのだ。
こちらが膨らんだらこちらはへこませるといったバランスを
見る力や、この太さは最後の延ばす部分に関わって来る、
というような大局的なものの見方が要求される。
要は「デザイン力」であり「観察力」であり
「全体を包括する力」なのだ。
と、ハードルをあげておいてなんだが、実はそれほど
難しいものでもなんでもなく、通常の生活センスがあれば
書けるはず。そこに学歴や学力の高低はほとんど関与しない。
小学校しか出ていないというようなオバアちゃんが
スゴく達筆だったりするのだから。


*

先日、A新聞社発刊の育児雑誌にイラストを寄稿した。
テーマは子どものノートのとり方について。
「書きとり」という語にとても懐かしさを覚えながら
本当に今のオトナは手で書くことを捨ててしまったと感じた。
今やスーパーの売り場POPでさえ打文字出力の時代。
年賀状なんかすべてPC印刷。まるでDMだ。
このハガキのどこに送り手の心情が表されているのか
サッパリ判らず何枚もらってもまったく心が動かない。
子どもの頃はあんなに熱心に手を動かしていたというのに
いったいみんなどうしてしまったのだろう???


職業柄、筆記具を握る頻度は標準的な同年代より高いと思う。
絵だけでなくロゴや描き文字も手で描くし、予定や覚え書き、
アイデアもなるべく紙に書くようにしている。
しかし斯くいう僕も、文章を書くときだけはやはり
PCのキーを叩いている。もちろんこのブログもそう。
各種申し込みの類いも今やすべてキー入力だ。
しかし、様々な手続きが簡略化されて行くのがIT社会の
流れであっても書く行為だけはそこに乗っかり過ぎては
いけないと、昨今は痛感する。


昔の作家や政治家は特別字が上手かったということではなく、
肉筆が当たり前だった社会の中である年齢まで生きれば
「達筆」は必然だったのではないだろうか。極端にいうなら
文盲の人以外は一定レベルのうまさで書けたのではないか
と思う。少なくとも現代人から見れば
全員自分よりも達筆だと思えるくらいは。

有史以来、ヒトがえんぴつや筆を紙の上に載せて走らせる行為を
永年続けて来たからには、脳と身体の間に何らかの相関関係が
生まれてしまっているはずだ。それを全て鍵盤叩きに代用させ、
ここで急に止めてしまうことをどうも善く思えない。
臨床学的なこともそうだが、何より恥ずかしいではないか
何十年も生きておいて満足に文字も書けないなんて。

内容の伝達以外にも、強い表現使命が肉筆文字にはある。
なのに、あまりに僕らはそれをないがしろにし過ぎていないか。
書かなくなればどんどんヘタクソになってゆく。
肉筆文字もそういう性格のものだろう。
広告の裏でも何でもいい。子どもの頃のように貪欲に
文字を書くことを、いま一度再開しようじゃないか
ココロあたりのあるご同輩。


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