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February 2012

2012.02.27

冬の咳ばらい


*

雪の降る街を
雪の降る街を


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思い出だけが通り過ぎてゆく
雪の降る街を


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遠い国から落ちて来る
この想い出をこの想い出を

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いつの日かつつまん
温かき幸せのほほえみ


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極寒キッチンで食事の支度をしていたら
ラジオから手嶌葵の歌う『雪の降る街を』が流れて来た。

にしてもなんて寒さが匂って来る歌なんだろう。
重たいイントロから後半メジャーに転調はするものの
徹頭徹尾くらーい曲。刹那に鬱になりそうだ。


この曲が書かれた当時は
今よりももっと冬が寒かっただろうし
街も道路もうす暗かったのだろう。
だからこんなトーンの歌が生まれた。
そういう事情もこの曲からは何となく伺い知れる。
歌とは少なからず人のココロをえぐるべきだ。

今はこんな曲を書ける人はいない。
こんな曲を書かされてしまうような場所は都市にはないから
心象風景を歌詞に反射させて匂いや温度まで感じさせて
くれるようなマチエールの深い「歌」は生まれない。


*


低温ならば当時の環境にも負けないほどの寒さの
我がハウスだが、雪が降るとこんな表情を見せる。
「寒い家はイヤ」の意見には異論はないけれど
雰囲気も情緒もない家はもっとイヤ。


今のプロダクトは家に限らずどれも
利便性やコストのことばかりで
人の感情に訴求するものを持っていない。

組み立て家具や100円雑貨やファストファッションは
確かに用途によってはそれで賄えるものもあろう。
が、囲まれて暮らすようなものじゃない。
「安かった」とニコニコしていれば
その人もそれなりの「程度」になってゆく。
そういうことも知っておいた方がいい。


昨日、春まであと少しですと天気予報。
冬の長逗留にヘキエキするような毎日だが
ここで迎える3回目の冬、この寒さにはもうすっかり慣れた。

昔は大嫌いだった冬が、最近は行ってしまうことにも
ちょっとだけ寂しさを憶えるようになったのは
平屋に住むようになったことと無縁ではないような気がしている。


*

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2012.02.14

Birthday来たりなば 春遠からじ


*

みなさん、いろいろお言葉やら贈り物やらを
本当にありがとうございます。
毎年こうやって自分の番になると日頃みなさんには
何もしていない自らの怠慢具合を恥ずかしく思う次第です。

去年は、気がつけば壁を一点見つめしてしまっていたような
あるいはオンラインで電力屋一味を糾弾してばかりいたような
まあ非生産的な事柄に足を絡めとられた惨憺たる一年でしたが、
今年の節分あたりから不思議とヤル気に満ち始めています。

とはいえ昨年のブログでも言い及んだように戦いはやめません。
この国に住むからには、間違えた事をする資本家らを無闇に恐れ
真実を言い淀んだり、見て見ぬフリをし続けることは
金輪際もうやめようと決めたからです。

その上で、失速してしまった自らのミッションの遂行を
元のスピードに戻すことに尽力する一年にと思っています。
アティテュードはあくまでクールに、行動は熱く、です。
憶えていたら程度で結構ですので軽ーくご期待ください。

*


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今度イラストを描くことになった
自費出版本『World Youth Products』の
若き編集者たちからのプレゼント。

日曜日の打ち合わせ時に頂いたが
手を付けることなく帰ってしまったので
写真だけでも。ありがとう!


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2012.02.06

浅き春に今生の別れを


毎号イラストを描いている某雑誌のコラムである作家が
「自分の生活の区切りは正月ではなく作品の仕上がりである」
と言うようなことを書いていて、うむナルホドと思った。
しかしそうなると仕事と仕事のスパンがもう少し短い私には
年に何回も正月が来てしまうことになる。それを考えると
自分の場合少々長いけれど「転居」がひとつの区切りに
なっているかも知れない。

現に「ドコソコ在住時代」というように住んでいた場所によって
これまでの人生を区切って考えている節があり、そうすることで
何かとてもスッキリと分類できているような気がしている。
(さながらビートルズでいうところの下積み生活の頃を
「ハンブルグ時代」と呼ぶように )

+


週明けの今日、遂に近所の米軍ハウスの取り壊しが始まった。
昭和29年築のこの平屋は、半世紀以上も建っていることになる。
一昨年夏頃から4棟のハウスの取り壊し交渉が始まり
最後の一世帯が昨11月に退去、今週その日を迎えることとなった。

この家は拙著でも紹介した米軍ハウスで、
その最後の世帯とは私に現居を紹介し入居に導いてくれた
塩原高旨さん一家なのだが、彼らと知り合った15年前ここに
訪れたときのことは今でも忘れられない。

明らかに他の平屋より高い切り妻屋根はハウスの特徴。
ベージュのモルタル壁、アイアンの低い門扉、
グリーンにペイントされたの木製ドアと網戸ドア、
トタン屋根の木製ガレージ、うっそうと樹木が茂る庭には
アンティークに近い風合いのアトリウムがあり
「西洋」の空気を醸したファサードだった。

立川以西に行かないとお目にかかれないと思っていた
Dependents Houseが、まさか自分の生活圏内に
存在していようとはユメにも思っていなかったので、
驚愕と同時に後悔のようなジェラシーのような
不可解な気持ちに一気に襲われたのを憶えている。

+

一家は1976年からこの家で暮らしていた。ここで生まれ
育ったひとり娘のアンジュリさんは昨年末子供を授かった。
そこまで長期間寝食を共にした家が取り壊されるというのは
いったいどんな気持ちになるのだろうか、経験を持たない
私にはその手のプレパレーションに自信がない。

塩原さんは記念にガラス入りのドアを2枚外して持ち帰った。
新しく建てる家に使用するそうだ。彼らと別れた後、独り残
って改めて家をゆっくり見回すとこちらの脳内にあった15年
間の思い出がじんわりとにじみ出て来た。


彼らにとってこの転居は明らかに人生の大きな節目になるに
違いない。が、ちょうどフリーランスになった頃にこの家を
訪れた私にとっても、今回の取り壊しでひとつの「時代」が
締めくくられたような気がした。


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しかし胸が締め付けられる光景だ。住人が暮らしていた姿を見て来ただけにことさら寂寥感がつのる。


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35年の間リペイントが殆ど行われなかったためヤレ具合はかなりの深度だが、本気で直せばまだまだ十分住めるように見える。今後家の稀少性が高まる可能性があるので再利用を考えてはとオーナーにも進言したが、昨年の震災にさらに解体の決意を固めてしまったようだった。


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ドア、木枠の窓、ライト、金具、スイッチプレート、換気扇など数々の部品をサルベージした。これらは必ずどこかで蘇生させる所存だ。


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ガレージの天井裏に住み着いていた白猫にももうじき住めなくなる旨を伝えておいた。


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それにしても、こういう場面にいくら遭遇したところで持ち主でない限りまったくの無力。せいぜい使える器具や建具をサルベージするくらいしかできることはない、ということにいい加減やり切れなさを感じながら塩原一家を見送った。


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