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April 2011

2011.04.17

23年前の僕へ


1986年にソ連のチェルノブイリ原子力発電所が
爆発事故を起こし、東欧州の広範囲を汚染した。
それに準じるように日本でもにわかに「反原発」の
気運が高まったことがあった。


それまでにも原発の危険性を訴えていた人はいたが
極一握りの識者やナチュラリスト、左翼的思想家ら
「特殊な職業」の人たちに限るという印象があり、
世論がそれに大きく追随するようなことはなかった。


通う大学の構内や、通学駅などで配られたビラで見た
「反原発」の文字は、どこかの別世界の事柄で
今すぐ自分たちの身に降り掛かり得る恐ろしい事実を
まだR&Rやファッションやイタリア製スクーターの方が
最優先事項だった僕に突きつけるリアリティに欠けていた。


そんな空気の中でのチェルノブイリ原発事故は
寝入りにアタマをハンマーで殴られるような
強烈な衝撃で迫り、急遽僕らに「被曝死」という
現実が今そこにあるという恐怖を突きつけた。

急にその恐ろしさを歌い出した
ミュージシャンやバンドが
何より僕らの危機感に拍車をかけた。

それまで、自分とは縁遠いオトナたちだけが騒ぐ
ポリティクかつアカデミックな抗議だと思っていたのに、
それは大きな勘違いだぞと少し年上の友人に
諭されたような、そんな感じだった。

いったい放射性物質とは何なのかとか
日本にこんな施設がいくつあるかとか
どんどん関係書を読み進めるにつけ
既に廃絶機運の高まっていた
英国のミュージシャンたちの歌や
活動の意味もどんどん理解できるようになった。

「なるほど、そういうことだったからか…」


    **********


当時個人的に親交のあったザ・ブルーハーツが
『チェルノブイリ』という曲をリリース。
タイトル通り反原発的な内容から、
彼らの所属レーベルの親会社が原発製作に拘っていたため
発売許可が下りず、自主制作でのリリースになった。

このことが僕の反骨精神の導火線に火をつけた。
遠隔地で戦う原発廃絶パルチザンの一員になったような
気分でしばらくを過ごすことになる。


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当時、仕事の配属で岡山県に滞在していた僕は、
四国の伊方原発とその反対運動の存在を知る。
仕事外で知り合った知人たち有志がみんな手弁当で集まり、
冊子やパンフレットを作って配ったりして、とても一生懸命
訴えていた。特に小さな子供の居る人たちは真剣だった。

しかし翌年の春、伊方原発は何事もなかったかのように始動した。
そのニュースをTVで見た時に、全く歯が立たなかったという
結果に呆然とし、両膝を床に付いて「死ぬ日は決まったな」と
絶望的になったことを憶えている。


あの時に感じたリアルな恐怖を今回久しぶりに味わった。


当時、何とかしなくては大変なことになると
声を上げていた人々は、 一生懸命に
訴えれば訴えるほど「エキセントリックな人たち」
という 目で見られていたのも事実で、
僕自身も「心配し過ぎ」「あまり思い詰めるな」
とよくなだめ透かされたものだ。


知れば知るほど、生物すべての未来を
根こそぎ持って行くとんでもない化け物…
知っている人は解っているものの、
全国民の意識を変えるには
チェルノブイリもまだ遠かった。

そして運悪く折しものバブル景気到来に重なり
高まる過消費ムードの中、大多数の人々には伝わり切れず
日本人得意の「楽観論」が勝って次第に反対の空気も消沈、
90年代を迎える頃には忘れられてしまった…


しかし、忘れなかったのは当のゲンパツ自身。
彼の出した請求書が時を経て莫大な利息を伴い
今、手元に届いているわけだ。


     **********


斯くいう僕も、その都合良く「忘れた」一員である。
直下型が一揺れでも来たらドカンと壊れてあっという間に
広範囲の生物を殺傷できる放射能マシーンが、
自分の生活圏のすぐ横に置いてあることを常に念頭に
おきながら暮らすことなど、あまりに重たくて続かなかった。

平和な日常が普遍的なものであって欲しいという
願望がつくり出す「正常化バイアス」が
僕にも努めて忘れることを促したのである。

      **********


今回の東日本大震災における
津波→原発損壊→放射性物質漏洩→広範囲汚染
のシナリオは、既に当時に描かれていたものだ。
そのシナリオは誰もが一度は眼を通し、憶えていたにも拘らず
上演が未定だったため、そしてあまりにヘヴィだったため
忘れてしまった、忘れる努力をしてしまったのである。

でもそれが20数年経った現在、急遽上演され出した。
しかも、シナリオに忠実に。
もし時間をさかのぼって当時の僕に会えるならこう言いたい。

「このシナリオはな、必ず演じられる日が来る。
 忘れずサボらずしっかりとやっておけ。悔いることになるぞ」

おそらく、当時の僕と同じような経験をし、
今、慚愧(ざんき)に耐えられずにいる
同世代は随分たくさん居るのではないだろうか。


当時すでに成人を迎え、沢山のことを学んでいた
にもかかわらず、日々仕事や煩雑なあれこれにかまけて
煩わしくも最も「大事」なこと後回しにして来たことに
今、強く自責の念を感じている。

たかだか僕らが抗議を貫徹したところで
どうにかなった問題ではなかっただろうが、
あの時キッチリやったか・やらなかったかは
心の問題として大きな悔恨を残し、
今回の原発事故と合わさって
僕に強烈なダメージを与えた。

共存はもうあり得ない、
ということはもうツメの先まで証明された。
今度こそきっちりやらないといけない。

辛いし面倒くさいだろう。その上長丁場にもなるだろう。
が、今度こそ「廃絶」の手続きをしなくてはならない。
今度はコツコツと、粛々とやる。
できるできないに拘らず、今度は敢行しきれそうな気がしている。
23年前の自分へのリベンジでもあるのだ。

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