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August 2009

2009.08.16

僕にドアを見せてくれたレコード 【後編】


それから20年近くが経ち、30を過ぎてからまた再びそんなレコードに出会おうとは思わなかった。

10年以上続けて来た音楽活動にも見切りがついてしまい、ここまで仲良く付き合ってきたはずのRockに半ば辟易(へきえき)し、一体何をどうしたらよいのか解らずにただいたずらに日々過ごしていた時期があった。そんな時聴いたロニー・アンド・ザ・デイトナスは意外にも僕の大きく欠けたエモーションを補完してくれた想いがけない一枚だった。

彼らも先述の評価のされないミュージシャンのニオイがした。赤いパーカ(中途半端な丈の)をそろいで羽織った4人の白人の若者が腕組みしてクルマに寄りかかっているスリーブ。そのイナたい風貌からアメリカの60年代のグループだと言うことはすぐ見て取れたが、こりゃ当時も大して売れなかっただろうという想像に難くないビジュアル。またもや右端のメンバーが目を瞑っちゃってるところが偶然だが、こいつも僕的には激しくくすぐられるジャケットだった。

よく遊びに行っていた国分寺の50'S家具や古着を扱う店のオーナーが、ある日店内で聴かせてくれたのが初聴だったのだが、アルバム『G.T.O』sideBの1曲目『Sandy』を聴いた時にはトリハダが立った。

ah~ah~とコーラスで始まる導入部は切ないセブンス・コードを多用、こいつにイキナリどこかに連れて行かれてしまう。どことなくビーチボーイズのブライアン・ウィルソン似アングロサクソン系お坊ちゃま風容姿のリードボーカル/ジョン・バック・ウィルキン(スリーブ写真左端)はルックス通りのまったり&ぽあーんとしたボーカル&コーラスワークを聴かせたが、西海岸のそれよりノスタルジックで乾いた印象があり(彼らはナッシュビル出身)ボサノバ風味のきめ細かなギターがジツに印象的。美しくも切ない、それでいて売れ筋オルディーズとは全く出身が違う耳触りの佳曲は、店内の空気を一瞬にして変えた。

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音楽をナリワイにしようと一念発起、およそ10年勤めたカイシャを辞め、活動に注力したが結局挫折してしまったこの身にこのアルバムはやさしく深く浸透した(そう!今の音楽と決定的に違うのはカラダに染み入る速度と深度だ)。そして画描きとして生きて行こうとジンセイの交差点で大きくターンラウンドしようとする僕にヒントとバイタリティをくれた。今まで僕に強くサジェストしたレコードはドアを開け「さァ、さっさと外に出て何かを成して来い」と歌ったが、今回は静かに窓を開けて新鮮な空気を入れてくれたというカンジだった。


肉体労働と僅かな絵の仕事で日々を繰り返し、ワンルームマンションの一室でウツ気味スパイラルに陥っていた僕が、その後大きな森のある緑地公園脇に建つ古い平屋を探しあて、転居する決心をしたのはこのレコードの出会いと無縁ではなかった。精神的空気の入れ替えによってココロが幾分元気を取り戻し、緑の多い環境でアトリエを持とうという考えへ自然に誘ってくれたように思う。


「壁さえ抜かなければ何をしてもOK」という大らかな大家の直貸し物件に、契約の一ヶ月前から屋内に入り床を張り替えたりペンキを塗ったりセルフ・リノベーションを前倒しでさせてもらっていた時、まだひんやりとしたカラッポの家の中にはやはり『Sandy』が鳴っていた。「さあ奮い立て」とも「そのままでいろ」とも何とも謳わない、人々の興味からももすっかり外れた単なる古いラブソングが流れる空き家の中で、時にはこんな音楽に励まされることもあるんだなと黙々と刷毛を動かしたあの日からもう12年もの歳月が流れようとしている。


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2009.08.08

僕にドアを見せてくれたレコード 【前編】


以前『人生の一枚』というタイトルでWEB用原稿を依頼されたことがある。
諸事情からオクラ入りとなってしまったのだけれど、それを2回に別けてアップ致します。
夏休み特別編としてご高覧ください。
(『撤去と修繕の日々』の続編は後日アップいたします)

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評価されないレコードがある。されにくいミュージシャンがいる。音楽、特にロックには「ミュージシャンズ・ミュージシャン」などという言葉があるように一般大衆には中々評価されず、玄人や一部のツウからしか支持されない作品がこの世には結構ある。映画などの総合芸術と違い、受け手の感性でその評価に大きな齟齬(そご)が出てしまうのは音楽=ポップミュージックの特徴かもしれない。


僕はいわゆる売れている音楽、現ヒットチャートを昇る音楽から何かをインスパイアされたりメンタルな部分を助けてもらったような憶えがない。(唯一ビートルズはビッグネームだが聴き始めた頃には既に解散していたので該当せず)いつも僕に何かをくれるのは商業的セオリーから外れたミュージシャンだ。

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僕に新しいドアを見せてくれた最初の一枚は16、7歳 の頃に聴いた STIFFレコードの全英ツアーの様子を収録したアルバム『LIVE STIFFS LIVE』だったと思う。あの頃の僕はサワヤカなスポ根少年たちとは無縁ながらもそこそこ日々部活で汗を流し、帰宅すればビートルズやストーンズのアルバムを年代順に聴き掘るような極一般的なアブソリュート・ビギナーだった。


当時ロックの殆どは外来種、しかも洋楽の線引きが全く曖昧な時代で業界はクイーンやKISSなどを含む音の厚いハードロック系統ほぼ一色。専門誌でさえその他のポップはAORかオルディーズ、英国発はニュー・ウェイブと乱暴雑把に分別、パンクに到っては新種のファッションカテゴリーかツッパリ(関西でいうヤンキー)文化の変異種くらいにしか解釈されない実に偏見に満ちた貧しい時代であった。


そんな空気の80年代初頭の東京でセーシュンを過ごす少年時代の僕にとっても、このアルバムは実に判別・分類しにくいものだった。しかし、むしろそこが僕をくすぐった。今でこそSTIFFのアーティストはパブロック(これもジツに曖昧な呼び名)や初期パンクのカテゴリーに入れられるが、当時はどの集合体からも外れたようなまさにニッチな集団。そのせいか否か友人から「前向きにヒネくれている」と称された僕にとってはドンピシャストライクな一枚だった。


よく通っていた吉祥寺の輸入盤店で見つけたそのジャケットは不可解極まりなく、女性ファンとは縁が遠そうなエキセントリックなオッサンたちが笑みを浮かべて立たずんでいるだけの抜き写真スリーブに「何だこの人たちは?」と半笑いで手にしたのを憶えている。(ルックス云々する以前に、右端のイアン・デュリーに到っては完全に両目瞑っちゃってるし)何というかセールスを全く念頭に置いてないとでもいうか、当時のコンサバ派なら避けるお手本のようなレコードだった。


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しかしメンツのスタイルがジツに独特で、ほぼPOPEYEからファッションリテラシーを学んでいた僕にとって強烈に新鮮でカッコよく映った。裏スリーブには裏地に出演者全員のサインがマーカーで乱暴に書きなぐられたライダース・ジャケット(しかもUK・AVIAKIT製!)が断ち落としで載っており、濃厚なR&Rのシズル感が匂い立っている。R&R経験値の低い当時の僕でさえ何か確信に満ち即購入してしまったくらいなのだから。

針を落としてみると、当時TVで流行していたUSA発の音楽番組でかかるビジネスライクなロックとは全く肌触りが違っており、それらが急にマヌケに聴こえるような愚直なまでのパッショネイトに溢れていた。そして「R&Rってのはさあ、こういうとこがイイんだろうよ!」と丁寧に教えてくれているようなある種誠実さを感じる一枚だった。

ホラ、よく居たでしょう、社会からはスポイルされているけれどコドモにとってはどんなオトナよりもリアルな存在の教師的ニンゲンが。まさにそんなフンイキを放つそのレコードはあっさりと僕の先生になり、同レーベルのレコ-ドを狂ったように聴き漁るのにそう時間はかからなかった。そして18歳の頃彼らのコピーバンドを始め、僕は次の10年をR&Rと過ごす契約を交わすのだった。


(後編に続く)


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