無責任と貧困のループ
公園で座ろうとしたベンチ下にコンビニ弁当やファストフードのカラが押し込まれているのをしばしば見かけるでしょう?(+ペットボトル、コーヒーの空き缶とかね)にしてもどうしていつもあんなふうに放擲(ほうてき)されているのはコンビニ弁当やハンバーガーの容器なんでしょうかねえ。自家製おにぎりの竹の皮包みなぞついぞ見たことがない。
このアジェンダをある日友人と考察し、結果ひとつの解答を得た。「そもそもゴミをきちんと持ち帰る人はコンビニ弁当やファストフードなどは食べないのではないか」という逆説である。言い換えれば「食に対して意識の高い人は社会的マナー遵守率も高いのではないか」ということでさらに裏返せば「エチケットに欠けた人ほどコンビニ弁当やファストフードで済ませる傾向にあるのではないか~」という仮説。もちろん偏見も例外もあるだろうが、ひとつの状態理論としては面白い。
後日それと似たようなニュースをテレビで見た。テレビ番組視聴と所得率の関係性の世論調査で、「報道番組を見る時間は、所得が高ければ高い家庭ほど長く、低ければ低い家庭ほど短い」という結果が出たというのだ。
昨今のニュース番組のワイドショー化の問題や一部のヤラセ報道の議論は別にして、社会動向に興味をもたない家庭がいわゆる格差社会の底辺層に多いという事実は興味深い。情報収集速度がある意味勝敗を分かつ現代社会ではありうるアルゴリズムだ。
CO2を多く排出する業務=タクシー運転手や外回りする営業マンが誰よりも一番エンジンをかけっ放しにしてカーエアコン全開で昼寝をする。海から一番糧を得ている漁師が一番海にタバコを投げ捨てている。速く情報を得なくてはならない低所得者が一番その情報から遠いところに居る。本来一番知らねばならない人がもっとも関心に薄い。
コンビニ弁当を常食している人こそ添加物の多い食品はほどほどにした方がいい人、と言えなくもない。
ファストフードでは摂るべき栄養素が摂れず、脳内分泌物が減少し想像力・判断力・忍耐力が落ち、短絡的・直情的な行動を取りやすくなってまた手軽な食に走ってしまうという悪循環があるのかもしれない。一番凍えている人々がもっとも火から離れた場所を選んで生活しているかのようだ。
先述の調査結果にはもうひとつオマケがある。ニュース番組を観ずに育った子供の約8割は大人になっても観ないという。ということは低所得者層の貧困は子に連鎖し、未来永劫貧困から抜け出られないということになるのだろうか。
そういう自首自縛がまことしやかにループする現在の社会。ワレワレはこんな小さな自己矛盾たちからすらなかなか開放されないでいる。
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