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2004.04.18

「ちげーよ!」

たまにはこんなことについても書こうと思いますが、今日は日常の話しコトバについて少し。
以前よくTVなどで「日本語が乱れている」と憂慮する学識者の談話を耳にしましたが、最近では少し変って来ましたね。「言葉とは生き物なのだから文法を外れたものでも多数の人々が活き活きと使っているならば認めるべき」というおおらかな見識が増えたように思います。ひと昔よく論議された「見られる」を「見れる」、「食べられる」を「食べれる」と言ってしまういわゆる「ら」抜きコトバを既に社会認知されたひとつの新しい使い方と解釈して取り上げている辞典もあるようです。

確かにコトバに限らず文化は重たいものを脱ぎ捨て短小軽薄化することで進化する側面があると思います。話しのリズムを重視すれば削ってしまったり作り変えてしまったりする方がより心に響いたりすることもありますからね。しかし一方外食産業など接客業の世界ではコトバ使いを正すという現象が起きているようです。「メニューの方をお下げします」の「の方」は使わない、「一万円からのお預かり」の「から」は使わない、「お預かり」は「頂く」、「〜でよろしかったでしょうか?」を「〜でよろしいでしょうか?」に統一するなどです。

外食した際、「お茶をください」と店員に催促すると「お茶で?」と聞き返されることがありますが、この場合は「お茶を所望なさっているのですね?」の省略なのでしょうから「お茶を?」が正しいのではないかと思います。お茶をくれと言っているのに「お茶でよろしいですか?」と聞き返すのはクドいですからねえ。でもこういう使い方をする店員はかなり多いと思います。このクドさ、例えば「やらさせて頂きます」「頑張らさせて頂きます」のような言い回しを「へりくだり」と勘違いしている風潮があるように思うんです(しかしながら僕も時々使っていますね(笑)。それは客側にも言えることで、店で品物を選ぶ時に使う「ソレ見せてもらっていいですか?」も本当は「ソレ見せてもらえますか」で充分なんじゃないでしょうか。

最近10代のコたちが(関東だけ?)「違うよ!」を「ちげーよ!」とイキオイよく言い放つのをよく聞きます。面白いとは思うんですが、文法的には間違えています。母音が「え」ではなく「あ」で終わるので「ちがわい」「ちがわあ」でしょう。どうしても「よ」で終わらせたいなら「ちがわあよ」となる。でもそれでは何か場の空気やリズムにそぐわないので母音の選択についてなどないざりにされ、言い易さを重視して良しとしている。そんなこと考えながらしゃべること自体が「ちげー」ことなんでしょうが、そこで敢えて「これっておかしくね?」と一時遮断してみるセンスが大切じゃないですかね。

新しいコトバ・使い方は恐らく小さな集団のローカル・ルールから出現するものなのでしょう。それがじわじわと広まり、ある日マスコミなどに扱われることで一気に全国区へ認知されるワケです。

僕はキチンと納得させてくれる熟考されたコトバならば例えギャル語であっても、少々文法的に合っていなくとも、新しい価値観をくれるひとつの解釈として大歓迎します。しかし、少数の人たちの間で使われるなれ合い的な行き当たりばったり思いつき語がノー・チェックでだだらだらと全国区に拡散することに対して「活き活きとした新しい日本語」と無条件認知してしまうことに僕は待ったをかけたい。なぜなら使う側の「みんなが問題なく話しているんだから細かいこと言うな」的な空気に「多数の間違いは間違いではない」という『村社会のニオイ』を感じてしまうからです。そういうことならfuck off!ですね。

些細なことかも知れませんが使う個人個人のレベルとセンスが問われるお話です。


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Comments

はじめまして!日本語の乱れ、わたしも気になります。
仲間内で使っているぶんには別にいいのですけど、店員さんの言葉や、雑誌や新聞の言葉は、公的なコトバとして、それってどうなの!とつっこみたくなることがよくあります。
使い分けが大事ですね。

Posted by: まりや | 2004.04.22 at 04:52 PM

まりやさん、コメントありがとうございます〜

ナルホド。お憤りムリもないことかも知れませんね…
詳しい状況が解らないのではっきりしたコメントはお返し出来ませんが、さもありなん、という気は致します。

でも同時に僕は、誰かの前だから話し方を切り替える、使い分けるというようなことはある意味ナンセンスでは、とも思うんですよ。TPOによってはそれもある程度はあり得るかもしれませんが、日常使うカジュアルな会話こそをキチンとしたいと思うのです。それができていれば特にモ−ドを切り替えなくとも公的な場でも充分通用するのはないかな。

常日頃ジャンクフードばかり食べていて時々身体によい玄米食を、というのでは意味のないように、コトバも常日頃から考えながら発していなければ突然キチンとしゃべりなさいと言われても無理なこと。反っておかしなことになっちゃうと思うんですね。

作家やコメンテーターなど日頃コトバと向き合っている職の人は公的な場に立ったり意見を求められた時でも特にコトバ使いを切り替えるでもなく、実に解りやすくカジュアルにしゃべっている、と思いませんか?「いんぎん無礼」というコトバがあるようにあまり丁寧語や謙譲語を使い過ぎるのも逆にシツレイとうつるケースもあるんですね。

そう考えると日本語はムズカシイ!なんてお決まりの結論に陥り勝ちですがその裏側にどんな気持ちが流れているのかが解れば良いのではないでしょうか。

よく政治家が「大変申し訳なく思っております〜」「誠に遺憾に存じます」なんて仏チョウヅラで謝罪してる場面をTVで観ますが、コトバは丁寧なものの全然悪びれた様子なんて感じられないですよね。悪いなんてちっとも思っていないのでそれがコトバに滲み出ちゃってるんですね。

それより相手の目をキチンと見ながら「ゴメンなさい」と言う方がどれだけ誠実にその意が届くことか。

ちょっとお話がそれてしまった感じですが、こういう気持ちの入った会話をすることが活き活きした日本語を話すことになるのではないかと思います。


Posted by: arata cool_hand | 2004.05.05 at 12:38 AM

arataさん、若い癖してもう70歳みたいだね。
はははははは。
初めて書き込みぃぃぃぃぃぃ。

臨機応変に使い分けていけるならいいですよね。
私はと、いうと、丁寧な言葉を
きちんと話していたら、実の母に
「似合わないね。」
と笑われた(笑)。
(母の知り合いの前で紅茶を「お紅茶」と
言っていたりね。)
下町なりの「言葉」ってのもきちんと
話せたり、美しい本来の「言葉」
も話せてバイリンガル?

まま、冗談はさておき。。。

最近の子
っていっても、そういう教育を満足に受けさせてもらってないのが現実だと思うのね。
私の通っていた中学の国語の先生は
それはそれは美しいにほんごをお話になった方でしたし、
理科の女性教師の方は「男装の麗人」のようなキリリとした
日本語でした。
高校に入って、男性教師の乱暴で粗悪な言葉使いを
私が注意したこともありますしね。
「おまえ」
って、女性に対しておかしいでしょ?
「〜だよな。なあ、おまえ。」
って、田舎で田んぼ耕してる女房じゃないっての。
高校生の女子に対して、曲りなりとも、教育の場でねぇ。。。

今は、身の周りを素敵な方に囲まれて暮らしていて
綺麗な言葉で生活していけているから
嬉しいですね。
「言葉使い」で「人となり」を
判断されても当たり前ですね。
話し方は身だしなみだし、大きな「魅力」になると思います。

Posted by: caballetta | 2004.05.20 at 04:15 PM

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